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資金ショート

開発プロジェクトにとって、予算は非常に重要だ。時間をかけて良いものを作りたいのはやまやまだが、資金は限られている。だから枠内で最大効率を考えていろいろと組み立てていかなければならない。中途半端な出来のゲームが世の中に出る理由のほとんどが資金ショートだ。

しかし、制作途中に資金事情とクオリティのバランスについて理解を示してくれる関係者は残念ながらあまり存在しない。資金提供者としてはなるだけ低コストで高クオリティを求める。まあ、これは当然の話だ。インハウスなら結構ギリギリのところで「経営vs開発」のせめぎあいができる。もちろんラクな話ではないが…。

しかしパブリッシャーとディベロッパーが別会社の場合、このせめぎあいは会社の生命を決定的に縮める場合がある。業界が構造的な不況に陥っていることもあり、パブリッシャーがちょっとでもディベロッパーに負荷をかけた場合(クオリティ不足を理由に支払をペンディングしたり、追加予算を考慮せずに企画レベルでちゃぶだいひっくりかえしたり)それが致命傷になりやすい状況になっている。

当然私のプロジェクトだって例外ではなく、ここ2週間くらいは防風のために奔走した。開発が死ぬ気で努力した成果あってのことだが、今のところ突風の横風は受けずに航行を続けられている。しかし嵐にみまわれて沈みかけの船が隣で航行している。

今は嵐の真っただ中だが、これを抜けたさきに、きっと霞がかった船影くらいはお披露目できると思う。それを励みに頑張っていきたい。

ヤン魂。終了インタビューに思うこと

「今回は僕が加害者です」サービス終了が発表された「疾走、ヤンキー魂。」プロデューサー,安藤武博氏が口を開いた(4gamer)
http://www.4gamer.net/games/009/G000964/20100312068/

ヤン魂。第一期のころ、私は安藤氏と同僚だった。だから、彼とヤン魂。が大人の事情にはさまれて苦労してたのは知っているし、不遇な状況には胸を痛めていた。だからこそ、第二期として復活したときは素直にうれしかったし、自分にとっての励みにもなった。

色々な人の情熱や執念に支えられて復活の道を遂げたヤン魂。は、ある意味において今走っているプロジェクトのお手本だった。ここまでヤン魂。を支えてくれたユーザーさんたちに心から感謝したい。

ヤン魂。が終了に至った経緯について、インタビューの中ではソフトハウス倒産フォーカスがあてられているが、ぶっちゃけ、ヤン魂。がもっと賑わっていれば別の結末になっていたことは想像に難くない。生き残るには、商業的成功が付帯条件であることを改めて痛感させられた。

商業的成功を実現するためには、色々な要素がきちんとかみあっていないといけない。プロモーション、トランスアクション、オペレーション、etc。 そして何より、もっとも本質的な問題として、プレイヤーを満足させる十分なクオリティがゲーム性、およびサービスの両面で実現できてないといけない。それも、限られたリソース予算、期間、人員、etc)の中で実現しなければいけないのだから、これは決意だけでどうにかなる問題ではない。緻密な計算、計画、経験、会社としてのバックアップ体制、その他諸々が必要だ。

ゆえに「加害者です」という表現には些か残念な気持ちをぬぐいきれない。ヤン魂。には何かが足りなかった。それでも色々なことを犠牲にして頑張ってきたスタッフはいたし、それを支えてくれたユーザーさんたちも相当数いた。そこに価値を見出して時間やお金、はては人生をかけてくれた人たちがいたのだ。それを知っているがゆえに、このインタビュー内容には強い違和感を覚える。

私が今関わっているプロジェクトは、実に多くの人たちが、様々な立場で、それぞれに人生をかけて取り組んでいる。詳細はあかせないが、切実に人生や生活をかけてこのプロジェクトに従事している。だからこそ、このプロジェクトを待ち望んでくれている人たちに自信をもって向き合えるし、商業的結果がどうなったとしても、絶対に「加害者」という表現は使わないだろう。

まとめてハードコアですか。

サンフランシスコで行われているGDC(Game Developers Conference)にいってきた。Immigrationでやたらつっこまれたり、預け荷物の錠前が破壊されてたり、米国の入国審査、荷物検査がやたら厳しくなっていることを実感。5年前にロスに行ったときはとってもゆるかったのに。ま、テロのことを考えると厳しいほうが安心なわけだけど。空港によっても厳しさがちょっと違うようですね。

それはさておき。
カンファレンスでは主にビジネス関連のパネルとかセッションに参加してきました。その中で非常に印象に残っているのが、昨今台頭してきているソーシャルアプリゲームに対して、従来型のゲームをひとまとめに「ハードコアゲーム」と称していたこと。そう区別されるようになって久しいのかもしれないけど、私にとっては聞きなれないニュアンスだったのでちょっとした衝撃。

当然、プロデューサーG氏と進めているプロジェクトもいわゆるハードコアゲームということになる。コンセプト的にもゲームデザイン的にもちょっととんがっているつもりだけど、正直なところ、ハードコアというニュアンスでは考えていなかった。

会場の外で一服しているときにBiowareのアソシエートプロデューサーさんと雑談したんだけども、同じEAグループのPlayFishに時代をとられたと言っていた。あきらかにソーシャルメディアをプラットフォームに活躍しているタイトルのほうが稼いでいるしメジャーなのだ。Dragon Ageがどんなにリッチですごいコンテンツでも、ビジネス的には最早ハードコアであり、ニッチなのである。さらに言うと、ソーシャルメディアでゲームを楽しんでいる人たちは「ゲームで遊んでいる」という感覚がないらしい。楽しみ本質が従来のゲームとはちょっと違うポイントに遷移しているのだ。
(余談:喫煙規制が厳しくなっているというウワサのアメリカだが、すくなくともサンフランシスコ市内はそこら中に喫煙スペースがあって、かなりの人が吸っていた。レストランや公共施設内は全て禁煙だが、レストランの入り口付近で無造作に吸ってる人の多いこと・・・)

ともあれ。
不本意ながら時代には逆らえない。ハードコアとして生き延びていくにしても様々な工夫が必要だし、時代にあった仕掛けがないとただの化石になってしまう。ブログというメディアをつかって情報発信している時点で己の時代遅れ感が否めないが、努力して時代にあったハードコアなサービスを目指していきたい。手始めに、twitterとかFacebookで何かできないか、考えてみようかな・・・。

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